塾なし大学受験に挑戦!〜うちの田舎メソッド〜後伝・高校生編

塾も高校も無い町で、失敗だらけの『うちの田舎メソッド』を駆使して叩き上げた学力。高校から田舎を出て、偏差値70の都会の進学校に入学した息子(旧通称・ポン助)。大都会で寮生活をしながら、大学受験に向けて頑張る日々。見守り、サポート中心となった田舎の母の、子育て後半記録。

28・『不合格になっても諦めない奴』が手にしたもの

中学受験第一志望不合格

高校受験第一志望不合格

 

息子の受験戦歴は

文字にすると

それはもう散々たるものだ。

 

中学受験は1校のみの受験で

私立の中高一貫校だった。

田舎の地元で

我が家と同じ様に

中学受験で都会の進学校に挑戦した子は

他学年も含め5人以内。

その情報はリアルタイムでは

ほぼ非公開となっていたため

後から色々聞かされた程度。

合格して早くに町を出た子もいたし

息子と同じく残念組で

地元の中学に進んだ子が数人いた。

そのメンバーの

3年後の高校受験では

圧倒的に有利な地元の高校や

偏差値に余裕のある都会の高校など

中学受験と同じ思いをしない様に

言わば『無理させない』選択をしていた。

その1人の子が

中学時代に

『親に中学受験しろって言われて

頑張って勉強したけど難しくて落ちた。

〇〇ちゃん(息子)も中学受験したんだね。

塾行かないで挑戦したの凄いよ。塾に

行ってたって無理だったのに。もう

あんなに勉強したくない。高校は

落ちないで楽に行ける所にしたい。』

 

そう言っていたのを

近い身内の子が直接本人から聞いている。

その子の中学受験は

どうやら本人の意思では無かった様だ。

そしてその結果

とても優秀なのにトラウマとなり

次の挑戦はしない選択をしていた。

親としても

あの不合格の瞬間の

絶望に打ちひしがれた我が子の顔は

もう2度と見たくないと思うので

当然の選択だろう。

 

でも

全員がそうではない。

『次の挑戦』を本人が選択した場合

また動き始めるのだ。

 

息子の場合

確かに泣いたし落ち込んだりもしたが

直ぐに中学内容の先取りを独学で開始。

中学入学前に中1内容を終わらせて

入学直後の検定で

数検と英検5級取得。

常に予習で先取りを進めるスタイルで

高校受験に向けて舵を切った。

 

『中学受験で都会の進学校に行く』

これが叶わなかったので

次の選択肢の

『高校受験で都会の進学校に行く』

意識を切り替えたのだ。

最初から都会への進学は

将来の夢を叶える事を目的とした

大学進学の為なので

中学受験も高校受験も

その通過点に過ぎない。

当時の息子の言葉の数々が

鮮明に思い出される。

 

「可能性が0になった訳じゃないし

俺は絶対に諦めないよ。本棚の問題集

処分して高校受験用でお願いします!」

「了解だよ〜」

 

田舎だろうが都会だろうが

何処で学ぼうが

来たる大学受験には挑戦出来る。

 

しかし田舎の高校は

私の耳にする限り

学校偏差値の低さ故の

学校推薦型での不合格者量産

学校では天才秀才と讃えられた

学年最上位層達が

旧帝大全員不合格で浪人など

高校進学後は確実に

井の中の蛙状態になる未来が待っている。

『田舎の天才は都会ではただの凡人』

中学受験の時に読んだ

勉強関連のblogでも

あちこちで目にした文章。

確かにそうだと思えた。

 

それならば最初から都会に目を向けて

母数の多い世界で揉まれた方が良いと

早くから決意して動いて来た。

そして

第一志望には

あと少し届かなかったものの

高校で都会の進学校に辿り着いた。

その偏差値の差は僅か1〜2程度

公立と私立の差はあれど

進学校の生徒限定で

入塾が許される進学塾の

指導内容を聞く限り

両校授業進度やレベルに大差は無い。

どちらも偏差値70超の

ハイスピード&ハイレベルな世界だ。

そして

その世界でも通用する様に

小学生の頃から積み上げて来たので

息子は深海魚にはならず

しっかりついて行けている。

 

各大学への合格実績

大学に合わせた受験対策のノウハウ

少しでもレベルの高い勉強や

親元を離れて生活する経験

1人での病院受診や限られた予算での買物

同じ志を持った仲間達との出会い

近い偏差値帯の多くの同世代と

切磋琢磨して学べるという環境は

田舎に居ては得られなかった。

 

当の息子本人は

中学受験不合格も高校受験不合格も

全て前向きに捉えている。

 

中学受験の時には

寮が無い理由で1校のみの受験だったが

オンライン塾講師によると

受験しなかった他の学校は全て

余裕で合格圏内だった。

現在の高校はその中の1校だが

中学から入れる寮が無かった。

 

高校受験の時も

不合格になった公立トップ校の

直前の模試の合格判定は98%だった。

オンライン塾講師も

『評定や模試の実力は申し分無かった。

学区外受験枠の高い壁が無ければ…

学区内なら合格していたでしょう。

学区外でも、この学校以外全ての進学校で

合格圏内に余裕で入っていました。』

そう言って

データを基に息子を励ましてくれた。

 

中学受験不合格後には

学校でその事実を笑いながら馬鹿にし

何かにつけて不合格いじりをして

自分の方が上だと息子を見下し続けた

『元親友』がいた。

いや

この事があるまで

親友だと思っていたのは

息子だけだった。

不合格よりもその事実がショックで

泣きじゃくる息子に

 

『諦めよう。友達はたくさんいるから。

神様はちゃんと見てるから。』

 

そう言って慰めた。

 

息子を庇う友達が沢山いてその相手を叱り

先生も介入して下さり救われた。

親に連れられ謝罪に来たがその時だけで

その後も

『本当の事を言われただけで勝手に傷ついて

勝手に周りがキレて騒いでいるだけ。』

そう言って馬鹿にし続けたとの事。

参観日で私と目が合った時には

あからさまに顔を背けた。

 

テストの度に

自分の方があいつよりも

優秀で頭が良いんだぞと

学年1位を取った事も無いのに

学校や部活などあちこちで

やたらと触れ回っていたらしく

私は同級生や他学年の親達にまでも

何度か確認された事がある。

確かに元々優秀で習い事の関係で

特定の副教科が満点を狙える子だった。

習い事をしていない息子は

中2くらいまで中学範囲の先取りに追われ

全教科の合計点で負けた事は何度かあるが

5科目ではほぼ勝っており学年1位もある。

中3春に中学範囲を全て終えて

全ての授業が復習になってからは

学校のテストでその子には

1度も負けた事は無い。

 

息子は別に興味が無いので

ランクは聞いた事が無いと言っていたが

内申Aランクの息子を

全力で馬鹿にするからには

同じランクなのだろうか。

その上で尚且つ自分の方が優秀だと

周りに認識させたかったのかも知れない。

そうじゃなければただの痛い奴だ。

 

そもそも本当に優秀ならば

自分は頭が良いなんて言わないし

絶対に周りに触れ回ったりはしない。

そこまで息子をライバル視して

自分の優秀さを周りに知らしめたいならば

同じ学校を受験して

息子よりも上位で合格すればいいだけの話。

実際に中学受験の後に

『俺は受けてたら合格したと思うよ。』

笑いながらそう言われて皆聞いていたので

高校受験で証明してくれるのだろうと

誰もがそう思っていた。

仮に同じ学校を受験しないのならば

息子の受験した3校よりも

さらに偏差値の高い

首都圏などの進学校に行くのかと

周りは皆思って見ていた。

 

『言うだけの事はやれるんでしょ』

『あれだけ〇〇ちゃん(息子)馬鹿にしてたし

よっぽど自信あるんでしょ?』

『〇〇ちゃんの事があるから、同じ状況に

なったとしても同情なんて出来ないよね〜』

 

まあ

それはそれは

色々な意見が飛び交っていた。

 

合格発表後暫くして

我が家にも同級生の合否情報が入ったが

実際に蓋を開けてみれば

 

『ふーん。そうなんだ。』

 

そんな感じだった。

そして息子と同時に

 

『どーでもいいわ。』

 

そう言って笑った。

 

その時の息子の笑顔は

とても晴れやかだった。

もう

接点の無くなった嫌いな相手の事を

考える必要は無い。

 

息子の今の学校は

オープンスクールと

学校説明会の2回も参加して

抽選の寮見学ツアーにも当選し

第一志望よりも気に入っていたが

私立と言う事で親に気を遣い

『滑り止め』の位置付けだった。

しかし

見学に行った数校の中で

一番行きたそうにしていたのは

最初から気付いていたし

過去問の相性も一番良かった。

そして本番も

受験した3校の中で

一番手応えがあったと言っていた。

 

色々あったが結果オーライで

全てこうなる様に

導かれたのだと思っている。

 

何故なら息子は今

本当に毎日が充実していて

とても楽しんでいるからだ。

 

 

『人の不合格を馬鹿にして笑った奴』と

『不合格になっても諦めない奴』

 

その後どうなったか

後者の息子については

これまで記載して来た通り。

失ったものは

元親友と

中学受験と高校受験の

第一志望校で学ぶ事くらいで

後は得たものの方が

圧倒的に多かった。

 

前者については

多くのものを失った事が

容易に想像出来るが

もうどうでもいいので

特に記載する事は何も無い。

 

まあ

1つだけ言えるのは

 

『神様はちゃんと見ていた。』

 

と言う事

 

ただ

それだけだ。