今日も自宅から数分の場所で
ヒグマが出没している。
近くには鮭が遡上する川が2本あり
我が家はその2本の河川に挟まれた
少し上流の山間部なので
これから暫くは
ヒグマ厳戒体制となる。
まあ
毎年の事なのだが。
玄関には熊よけの鈴を
家族の人数に合わせて
3つぶら下げており
通勤や外出時にはいつも手に持ち
玄関を出た瞬間から
車に乗り込むまで全力で鳴らす。
帰宅時には
車を降りた瞬間から玄関まで
また全力で鳴らす。
その自宅到着前には
少し手前から
車内で聴いている音楽やTVの音量を
大音量にして山間に響かせる。
付近でヒグマ出没時に
鈴を忘れた時の絶望感と恐怖は
まるでこの世の終わりを彷彿とさせる。
大抵気付くのは
自宅に到着した時なので
そんな時には
車のエンジンを切った瞬間から玄関まで
激しい曲を選んで
スマホの音楽を大音量で鳴らしている。
ちなみに元◯ンキーでは無い。
自宅は田園と原野と森林に囲まれ
360°密接した建物は無いので
ずっとそうやって
ヒグマや野生動物達に
私達の存在を知らせて来た。
今のところ
襲われたり荒らされたり等の
被害に遭った事は無い。
そんな環境の田舎の山奥から
何をどうやって
息子が都会の進学校に行けたのか
人に会う事があると
よく聞かれる。
「体が弱かったから」
「田舎だったから」
「山奥だったから」
「遠くて簡単に友達と遊べなかったから…」
単純な理由は色々あるが
少し振り返ってみる。
これまでに
息子の成長に合わせて
手探りであれこれとやって来たが
全体を通して最も良かったと思えるのは
楽しいゲームと同じレベルで
『勉強を一緒に楽しむ』
事だった。
ゲームに関して我が家は
厳しく制限したり禁止せずに
勉強をゲームのミッションと
同じ概念で捉えさせた。
攻略すればステージやレベルが上がり
便利なアイテムが貰えたり
難易度が上がるほど
攻略本などの情報が重要になり
クリアする度に
攻略時の報酬やポイントが多くなり
最強の戦士になって行く。
気を付けたのは特に
ゲームばかりにならない様な
時間配分だった。
小さいうちは
手頃な紙パズルをたくさん揃えて
一緒に遊びながら
好きなキャラクターの絵柄を揃えたり
平仮名やカタカナや数字も
都道府県の形も
全てパズルで覚えた。
立体パズルは
くもんの都道府県の物と
温泉地の売店で購入した
『THE ―T』の
木のパズルがお気に入りで
いつもやっていた。
ルービックキューブも大好きで
自分のお小遣いで購入し
いつの間にか高速で
6面全て揃えられる様になっていた。
学校レベルの
算数や数学の図形問題で
特に苦労しなかったのは
これらの遊びが活きていたのだろう。
小学校で習う最初の難関は
算数の九九。
息子はいつも一緒に遊んでいた
2つ年上の従姉が習うタイミングで
遊びながら一緒に唱えているうちに
入学前にある程度覚えてしまった。
それからは
入浴時にいつも
湯船に浸かりながら唱えており
すらすら言えるようになると
九九表の逆から唱えたり
横1列(1×1 2×1 3×1…)で唱えたり
20の段まで覚えたり
平方数を覚えたりした。
現在も我が家のトイレの壁には
様々な計算の表がそのまま貼ってある。
計算は1番ゲーム要素が強く
正確さと速さが揃えば無敵だ。
我が家はそこを鍛えるべく
百ます計算ドリルを使用して
タイマー計測で
対戦型で取り入れていた。
対戦相手はずっと
珠算&暗算1級の私(笑)
計算スピードが私に追い付いて来た
小学校高学年まで
毎日毎日果敢に挑んで来た。
そして中学からは
趣味程度に楽しんでいた様子。
ゲーム要素と言えば
小1から挑戦した漢字検定も
その1つだろう。
田舎だが学校で受検出来た事と
後半は町が年一回
受検料を負担してくれる
支援制度が出来たので利用し
中1で2級まで取得済みだ。
この制度は英検にもあり
中学から利用して
準2級まで取得済だ。
子供を優秀にする為
幼いうちに
大量の本を読ませなければと
必死に読み聞かせをしている人も
世の中たくさん居るが
我が家はそこまでしていない。
ただ
息子は本が好きで
都会に定期通院した帰りに
書店にもよく行った。
その時にはいつも
自分で好きな本やドリルを選ばせて
数冊購入していた。
そして
その本を読んだ後に必ず私は
『お母さんにも教えて』
と言って
あらすじや面白かった所
感動した所など
全て自分の言葉で説明させた。
『かわいそうなぞう』
を読んだ時には
泣きながら説明してくれた。
これをやって来たお陰で
長期休みに皆が1番苦戦する
宿題の読書感想文は
いつもすぐに終わっていた。
宿題では無い時にはやらなかったが
意見文や作文や弁論のスピーチ文など
他のジャンルの長文を書く時にも
大いに役立っていた。
とまあ
我が家の場合
今振り返ってみて
直ぐに思い浮かぶ
やって良かったと思える事は
大体こんな感じだが
掘り下げればまだ出て来るだろう。
でも我が家は
勉強よりも
幼少期から人格形成を重視して
周りにいい雰囲気で接したり
人間関係に苦労しない様に
多方面から柔軟な考え方が出来る様に
たくさんアドバイスした。
周りに嫌われたり
勉強だけしか取り柄がない人間には
絶対にしたくは無かった。
完璧な人間など存在しないが
素人なりに少しでも
マイナスをプラスに変換出来る性格に
自然となれる様に
意識して息子に接して来た。
そして
勉強するという事に
マイナスの感情を持たせたく無かった。
私が心掛けていたのは
『勉強は楽しいと思わせる』
『勉強を当たり前の習慣にする』
『今日習った事を説明させる』
『結果よりプロセスを見る』
『失敗した時に改善策を一緒に考える』
『成功した時に次の目標を聞く』
『忙しい時は優先順位を決めてやる』
『良い事は全力で褒める』
『悪い事は手を上げず追い詰めずに叱る』
『気持ちを肯定して共感する』
『広い視野を持つ』
『傲慢にさせない』
『人を見下さない・差別しない』
『友達の性格を見極めて付き合う』
『人の夢や努力を否定したり笑わない』
『自分がされて嫌な事は絶対にしない』
『一度や二度の失敗で諦めない』
『感謝を伝える』
『未来を想像する』事。
そして
『夢に辿り着く為の情報収集』だ。
その情報は現在
スマホ等で簡単に収集出来る。
スマホに関して我が家は
地元のスキー場の
公衆電話の撤去に伴い
お迎えの連絡が出来なくなった為
小学校高学年から持たせた。
未成年の制限をかけただけで
特に厳しくはして来なかったが
視力の低下があり
メガネを作ってからは
時間のルールだけは決めていた。
常にシンプルに
常に自然体に
無理だなと思った事はやらない
無理矢理やらせない
親の意見を押し付けない
頭から否定しない
全て受け入れる
忙しくても話をしっかり聞く
そして
いつも笑顔で居る
それだけで子供は安心する。
それだけでいいんだ。
そうすればきっと
完璧な親じゃなくても
地位のある偉い親じゃなくても
子供は必ず応えてくれる。
「いつもありがとう♪」
「クマ気を付けてよー!!」
「模試頑張ります!」
「風邪ひかないでね」
「無理しないでね」
「荷物着いたよ〜!ありがとう♪」
「俺、やっぱ愛されてるなって思うよ」
こんな言葉やメッセージが
当たり前に送られて来る様になる。
これは平凡な庶民の我が家が
15年間やって来た
子育ての中のほんの一部。
実際は多分
もっと壮絶で
もっと過酷で
もっと必死で
失敗だらけで
がむしゃらだったんだと思う。
でも
私も主人も全力で楽しんでいたから
あんな事も
こんな事も
今は笑って振り返る事が出来る。
さてと
実家の畑で採れた
天然の葡萄ジュースで乾杯して
息子からのLINEの話や
近くに出没したヒグマの話題で
今日ものんびり
秋の夜長を過ごすとしますか…
